沿 革

窯元全景

初代光峰は、名門上野焼の窯元14代龍峰の四男とし て生まれ、有田工業高校に陶技を極め、昭和31年時 の市長 並びに 文化人の誘致により 由来ある篠崎八幡神宮の裏高台地に 築窯 、『企救焼』 と命名し 今日に至っております。多年にわたって緑釉の研究をし、渋味のある緑青の鮮麗さと優美さは地元はもとより遠く京阪神の愛陶家に珍重愛玩されております。

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